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二度漬け禁止

俄然イカリ派。主に趣味の話(たぶん8割アイドル)のブログです。

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初めて清竜人25のワンマン観たら解散するといわれたんだが

idol live 清竜人25

いやーびっくりした。初めてワンマンライブ参戦したら解散宣言だからね。(フェスやら対バンで何度か観たことはあった)
うっかり「この世界の片隅に」を観に行った後で行ったもんだから、疲れる情報量が多過ぎて混乱しています。起伏豊かか。

前方に急遽スクリーンが現れ、やたら前向きな歌詞の新曲が披露された時点で嫌な予感がしたものの、そこからの「清竜人25♡解散♡」という文字のアップと銀テープ発射と、会場のファンの「ええええええええ」というコントみたいなどよめき。
それなのに肝心の旦那様こと清竜人は「ごめんね♡」とあっさりチャーミングに言うもんだから、ホントにこの人は憎めないなと思いました。茫然自失のままサイリウム振る律儀なヲタたちの涙ぐましいことよ。
清竜人という奇才が、一夫多妻制アイドルという最高の奇行をどこまで続けてくれるのか、心の底でみんなドキドキしてた部分はあったと思うんですが。
知人の言葉を借りるならば「清竜人という圧倒的な才能の持ち主の最高の寄り道を見せてもらったかんじ」に尽きると思います。
しかし今度は一体何をやらかすんだ竜人。
12月の重大発表ってなんなんだ竜人。
来年の幕張メッセイベントホール埋まるのか竜人。
ライブ自体はとても素晴らしかったんですが、なんか感想とかいろいろ吹っ飛んだわ。


清 竜人25、解散発表!@ZEPP TOKYO 2016.11.20 - YouTube

清 竜人25「My Girls♡」 - YouTube

アイドルに恋焦がれる不器用な職人を描いた映画「堕ちる」を観てきた

idol movie ジェーン・スー

寡黙で不器用な織物職人が、地下アイドルにハマってしまう物語を描いた映画「堕ちる」。上映会+ジェーン・スーさんが登場するトークショーに行ってきました。

以下は感想とともに本編の盛大なネタバレを含みますので、結末を知りたくない人はブラウザをそっ閉じして、とっとと観に行きやがってください。あれは観に行く価値のある映画だ。


簡単なあらすじ

群馬の桐生市の伝統的な織物「桐生織」の職人である主人公の耕平は、行きつけの床屋で出会った若い女の子にドギマギ。彼女は「めめたん」として活動する地下アイドルだった。ライブを観た彼はすっかりめめたんの虜に。
めめたん聖誕祭企画で、何かプレゼントしたいと悩むヲタ達。耕平は桐生織で作ったきれいな舞台衣装をプレゼントしようと決意するのだが…。

感想

アイドル映画としてこの映画を観に行くつもりの人に先に言っておきたいのですが、これはアイドルに萌える映画ではなく、アイドルに転がり落ちる冴えないおっさんに萌える映画であります。

とにかくまあ主人公の中年男、耕平さんが終始うだつがあがらなくてかわいい。

アイドルとの接触イベントで何もしゃべれない。めめたんの歌声をイヤホンを聞いてはノリノリ・ニヤニヤ。現場では古参TO(おそらく年下)からコール指導をうけおっかなびっくりのライブ参戦。仕事着の下にはめめたんTシャツを着るように。部屋の壁一面にはめめたんポスター。
ついにはつのる想いが暴走し、あろうことか仕事場で、めめたんに贈る舞台衣装を作り始めるのです。ひどい公私混同!!!


そんな公私混同の末にできた大事な衣装をプレゼントする聖誕ライブ当日、アクシデントにより彼は商売道具である右手を骨折してしまいます。衣装をプレゼントできた喜びも束の間、めめたんは東京でのメジャーデビューが決定し、地元を離れることに。悲しみにくれる耕平に追い打ちをかけるように、仕事場からのリストラ宣言。
ついには、全身全霊をかけて贈った衣装まで返却されてしまいます。
打ちひしがれた耕平は、プレゼントした衣装を着て、自分が紡いだ布を使い、職場の天井から首を吊ろうとします。すんでのところで布が破れて、自殺に失敗するのですが、ここの耕平さんが、まあ情けない。

劇中ほとんど言葉を発しない彼が唯一発した

「めぇえめぇえええたあああんんんんんん〜〜〜めめたぁぁあああんんんんん〜〜〜〜」

苦しそうに推しを呼ぶ泣き声が、本当に格好悪い。クソダサい。それが最高に哀愁を誘うんですね。

映画前半は、やたら現場でサイリウムを配るヲタやしゃしゃってくる古参など、細かいアイドル現場あるあるでガハハと笑っていた会場が、後半になるにつれ、シーン…となってくる。
この映画、観衆であるドルヲタ達にどこまでつらい思いをさせれば気がすむのか!!!

暗い結末かと思いきや、意外や意外、衝撃のラストが待っています。

自殺に失敗した耕平が着ていた衣装をみた工場の社長はこう言い放ちます。
「その衣装、いいじゃない!!耕平さんが作ったの?」


そして月日は経ち、桐生織の鮮やかな衣装を着たアイドルが歌い踊るライブが開催されています。かつてのめめたんヲタに囲まれるアイドルの顔を見てみると…あれ、めめたんじゃない??
そんな彼女を遠くから見つめる垢抜けた耕平と社長。なんと2人はアイドル運営として再起を図っていたのでした。
おい、そんなオチかよ!!!!!!!



ガクーッと脱力するような、でも「なんだかんだで耕平さん幸せそうだしよかったね」なのか…。混乱する観衆を置いてきぼりにして、さっさと映画は終わってしまいます。


トークショー内容

虚脱感でぼーっとする中、村山和也監督と、ジェーン・スーさんのトークが始まります。ここから特に印象的だったことを箇条書きで。

  • ジェーン・スー「最後、運営になった耕平さんを観て『えっ、そっちに堕ちるの??』と思った。運営は修羅の道ですよ。地獄ですよ。チェキ1枚いくらにしようかとか、耕平さんこれから考えなきゃなんないんだよ」(会場大笑い)
  • ジェーン・スー「アイドルのめめたんより耕平さんに萌えますよね。あれはプロデューサーにヲタがつくよ。『耕平担』とか書いたTシャツのBBAが湧くよ。ジャニーズみたいに。おばさんが煮物とか持って近寄っていく。『わかるよ〜わかるよ〜』とか言って」
  • ジェーン・スー「あんな豪華な舞台衣装を着せてもらえる地下アイドルはまずいない」
  • ジェーン・スー「耕平さんは自分の中にずーっと何かを愛したいという情熱があったんじゃないか。何かに一生懸命、身を捧げたいという思い。それがアイドルだったり、衣装をつくることに向けられたのでは」
  • 村山監督「きりゅう映画祭でコンペを通ってもらった予算は60万円」(!)
  • 村山監督「映画のコンセプトを思いついたのは桐生市に訪れて調査した時に、織物で有名なところだと知って。自分はアイドルのPVなどを撮っていたので、アピールできる企画を考えてこうなった」



30分間の短編映画でしたが、低予算映画の中では群を抜いてクオリティが高い作品でした。
アイドル好きな方もそうでない方も楽しめますし、ダメなおじさんに萌えたい方々の期待には存分に答えられるかと思います。
すでに予定されている上映会は終わってしまったようですが、これからの上映予定は公式Twitterなどで随時アナウンスされるようです。



youtu.be

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宇多田ヒカル「Fantôme」はアラサー女性にとって特別な装置であるように思う。

music 宇多田ヒカル

「宇多田と林檎がこんな曲歌うなんて俺らほんと未来に生きてんな」
宇多田ヒカルのニューアルバム「Fantôme」を聴いた最初の感想だった。
「家族の為にがんばる 君を盗んでドライブ」
「朝昼晩とがんばる 私たちのエスケープ」
こんな生活感あふれるパンチラインが、彼女たちの口から出ることにびっくりしたのだ。


宇多田ヒカルの記念すべきファーストアルバム「First Love」がリリースされたのは98年。
当時の私は中学生になったばかりだった。
それが今や、歌姫も私も齢30を越えているという事実。
こわい。
時間の流れ超はやい。


私は結婚・出産した女性アーティストに若干のトラウマがあった。
子を産むとデトックスしたかのように、楽曲の雰囲気が変わったりするから。いや、誰とは言わないけど。
男は50になっても60になっても「イェーロックだぜ」と言うようなおじさんがたくさんいるのに、なぜか女性アーティストだと、これがそうもいかないのだ。
狂ったようにギターをかき鳴らしていたかと思えば、数年後にはやたら落ち着いていたりなんかして。


結婚し、妊娠し、子を産み、育児に悩んだりする。
これら一連のライブイベントが、感受性豊かな彼女たちの歌に影響を与えないわけがない。
わかっちゃいるけど
「女は永遠の厨二病でいられないのだろうか」
とちょっと切なくなったりもする。
この切なさは、変化を受け入れたくない私にこそ起因するものなんだろうな、と思いつつも。


「30代になったらちゃんとした喪服を用意しなさい。使う時が増えるから。」
実家で親に言われた一言。
ふーん、とスルーしていたら、30を手前にして中学の時の部活の先輩が亡くなった。死因は交通事故だった。
「あ、人って死ぬんだ。」
冷静に考えればごく当たり前のことが、唐突に現実味を帯びた。
私の祖父母はすでに他界していたけれど、それはあくまでずっと上の世代のことで、まさか同年代があっけなく逝ってしまうとは、夢にも思っていなかったのだ。


10代で日本を代表するスターになり、20代で結婚と離婚を経験し、順調だった仕事を休業し、母を亡くし、30代で再婚し、子どもを産み育てている。
彼女のニューアルバムには生と死の匂いが混在していて、宇多田ヒカルという人の重ねた歳月の濃密さに、その人生に、改めて想いを馳せずにはいられない。
今回のアルバムに対するリアクションを見ていると、みな人生をふりかえざるを得ないかのように、何かを語りたがるきらいがある。
「Fantôme」はもしかしたらそういう装置なのかもしれない。


彼女の歌が本アルバムで変わったのは事実だが、不思議とそこには失望も違和感もなく、積み重ねられた人生の営みと1人の女性のたくましさがあるばかりだった。
それは決してマッチョな強さではなくて、何かを受け入れたり自分を変えることでうまれる生きやすさみたいなもの。
宇多田ヒカルはしなやかな人だ。
私はこの人の哲学が好きなのだ。
ビジュアルや楽曲や歌詞が好きな歌手は多々あれど、その人の持つ考え方が好きなアーティストというのはあまりないように思う。


ニューアルバムを1人夜道で聴きながら帰ると、中学の時に、部活のメンバーで行ったカラオケのことを思い出した。
田舎の中学生だった私たちが、部活仲間でいく初めてのカラオケに興奮して、待ち時間に駐車場ではしゃいで近所の人に怒られたことは強烈に覚えているのだが、実際のカラオケの中身はあまり覚えていない。
あの時はみんなで椎名林檎やヒステリックブルー、確か宇多田ヒカルも歌ったはずだ。


今回の宇多田のアルバムを亡くなった先輩が聴いたらなんと言っただろうか。
リアクションをイメージしてみるけれど、私の頭の中の先輩は今でもセーラー服のままだ。
「宇多田フンイキ変わったねー。でも、いいじゃん」
そうそっけなくかえされる気がする。

Fantôme

Fantôme