二度漬け禁止

主に趣味の話(たぶん8割アイドル)のブログです。

機動戦士ガンダム 水星の魔女のマーケティングに感動した

先々週終わってしまったアニメ「機動戦士ガンダム 水星の魔女」ロスがひどいので感想を書いて自分をアゲていくスタイル。
オタクの感想が読みたいのでもっとみんなブログに書いて欲しい。


水星の魔女は毎話どんな展開になるのか先が読めずハラハラドキドキでおもしろかった!!
物語やキャラクターもとにかくよかったんですが、広く世に楽しんでもらおうとする制作側の工夫や努力に個人的には感心することが多かったです。本ブログではマーケティング的な観点から、水星の魔女で興味深かったポイントをあげていきます。


目次

レガシーからの脱却

水星の魔女は、大人たちの作り上げた世界を塗り替えようとする若者たちを主題にしていることもあり、若者に向けたメッセージが随所に感じられる作品でした。
物語の構想段階で強くターゲットを意識していたことはプロデューサーのインタビューからも汲み取れます。

ちょうどその少し前に社会科見学で会社に来た中学生や、新入社員でうちの会社に入ってきた若い人たちに話を聞く機会が何度かあったんです。
すると、「“ガンダム”って付いているだけで見ないです。だって僕らのものじゃないと思っているから」「ガンダムっておじさんたちのものでしょ」「お父さんが見てるけど、なんか難しそうだよね」って。
「ガンダムと付いているだけで壁になる」という感覚があるということに、そこでリアルに直面しました。

引用元:ASCII.jp:今描くべきガンダムとして「呪い」をテーマに据えた理由――『水星の魔女』岡本拓也P (3/6)



この話を聞いた時に私の頭に浮かんだのはこの図でした。


引用元:トップオブマインド分析とは? – リサーチ会社 比較サポーター

自社ブランドが消費者にとってどれほどの認知を得ているか、どれほどのブランド占有率を誇っているのかなどを分析する手法である「トップオブマインド分析」です。
この図で言えば、ガンダムシリーズ自体はアニメファンから長く愛されてきたので、いわゆる「リーダー」の部分に元々あったブランドなのだと思います。ただ、これを年代別で区切って若い人からみると「レガシー」、いわゆる「市場で広まってはいるが、マインドシェアの強さに欠ける『いにしえのブランド』」という扱いになりつつある。
ガンダムというIPを長生きさせるには、なんらかの若返り施策が必要である。そのことを制作陣は理解していたのだと思います。



パイを広げる


ここだけ切り取ると「じゃあ若者向けにセグメントしたガンダムを作ろう!」となりそうなものですが、制作陣の話を紐解くと「結果的に若者にもウケるには、今までガンダムを見ていなかった層に広くリーチできるようにパイを広げていく必要がある」という方向性になったことがわかります。

今作の『水星の魔女』にとってのゴールは、どの世代の方にも楽しんでもらえるよう「幅広く」と考えています。若い世代への広がりは意識しつつも、核にあるのは「(送り手の)私たちが面白いと思っているもの」をしっかり届けることだと思っています。

 “若い人に向ける”といってもなかなか難しいですよね。若い人とひとくくりにすることも難しいですし、特定の世代にターゲッティングしていくことで作品を狭めることにもつながってしまうとも思っていて、それならばどの世代にも届くものを目指そうという気持ちですね。

引用元:ASCII.jp:今描くべきガンダムとして「呪い」をテーマに据えた理由――『水星の魔女』岡本拓也P (4/6)


「依頼としては、『ガンダム』をもっと若い層に広げたいということでした。でも僕自身はそんなに若くないので、若い人の好みをわかったように書いたら、おそらくうまくいかないだろうなと思ったんです。そこで、ターゲットをただ下に広げるんじゃなくて全方位に広げたらどうだろうか。
老若男女という意味でもそうだし、『ガンダム』を観たことある人/ない人、そもそも普段アニメを見ない人……そうすることで、『ガンダム』が全方位的に広がって結果的に若い層も増やせればいいんじゃないか。そう考えました」

_____確かにそうですが、全方位ってそれはそれで難しくありませんか?

「少女マンガとか、学園モノとか、これまで『ガンダム』には入ってなかったものってありますよね。それを意図的に取り入れたんです。そうすることで、『ガンダム』に興味はなくても、恋愛や親子関係、学園など、別の興味を引いて観てもらう。つまり、『ガンダム』以外の入り口をいっぱい作ったんです」

引用元:雑誌「CUT」2023年5月号 水星の魔女 脚本家・大河内一楼インタビューより

制作陣の複数のインタビューをみると、若者世代や従来ガンダムを見ていなかった人たちに刺さるように、学園や恋愛の要素を多めにし、戦争をリアルで体験したことがない世代にとっても身近な企業間の紛争や経済の話を取り入れ、視聴者の共感の入り口を広げられるようにした、ということが繰り返し語られています。

ネットでの評判を見ていると、10代のインフルエンサーがダダハマりしていたり、初めてガンダム見たよという声も目にします。
バンダイナムコエンターテインメントの23年度3月期の決算短信のIP別売上高を見ると、ガンダムの売上が大きく伸長しており、新規顧客開拓につなげられたことが伺えます。

www.famitsu.com



ピンポイントで若者ウケを狙うのは難しいので、全方位に広くリーチを広げて、結果的に若者の視聴者を増やす
ロジックとしてはわかるんだけど、実際にやってみるのはかなり大変だと思うんですよね。みんなにウケる作品にするぞ!と要素を増やしすぎた結果どこにもエッジが立たない作品になる可能性もあったわけで。これがうまく成立しえたのは、水星の魔女の作劇の妙があったからこそ。
単純なマーケティングのうまさだけではなく、それを成立させるための仕掛けがきちんと作動していたことが、作品の盛り上がりにつながりました。



SNSでリアルタイムな盛り上がりを作る

現在消費者行動は「モノ消費」から「コト消費」(所有から体験へ)が主流だと言われていますが、2010年代以降はSNSの普及とともに、さらにその先の「トキ消費」(その時・その場でしか味わえない盛り上がりを楽しむ消費行動)が潮流にあると言われています。



引用元:モノ、コトに続く潮流、「トキ消費」はどうなっていくのか/夏山明美(連載:アフター・コロナの新文脈 博報堂の視点 Vol.13) |博報堂WEBマガジン センタードット


トキ消費には、「非再現性」(時間や場所が限定されていて同じ体験が二度とできない)、「参加性」(不特定多数の人と体験や感動を分かち合う)、「貢献性」(盛り上がりに貢献していると実感できる)という3つの要件があります。つまりトキ消費における価値とは「参加の価値」であり、「人と一緒に生み出すトキに参加したい」というニーズが根底にあるのです。

引用元:トキ消費・イミ消費とは?消費行動の変化とZ世代にささるポイントを解説 | リサーチ・市場調査ならクロス・マーケティング

実際に水星の魔女ファンの反応を見ると、リアルタイムでみんなで盛り上がることができることに価値を置いているのが伺えます。私自身、ネットで放送前後に展開に対する阿鼻叫喚や考察ツイート、ファンアートで盛り上がっているのを見るのが毎週17時の楽しみでした。

新規とか古参とか関係なしに毎週みんなでここまで盛り上がれたの本当に最高すぎる。

40代にもなって日曜の17時がこんなに楽しみになる生活に感謝

引用元:『機動戦士ガンダム 水星の魔女』Season2 クライマックスPV - YouTubeコメントより


制作側でも、SNSをリアルタイムに盛り上げるための施策を数多く行っています。

  • 放送前日~当日にかけて先行カットをツイート
  • 放送後に感想付きツイートをするとグッズがもらえるリアル視聴キャンペーンを展開
  • 放送後にキャストによるラジオ配信(公式で後日ラジオの切り抜きも配信)
  • 放送後にTwitterトレンドに上がっていたキーワードは都度報告
  • 作中で話題になりそうなシーンはアニメ放送直後に切り抜いて配信
  • 公式TilTokも運用し、アニメの切り抜きを配信
  • 最終回前には以下施策も追加展開


SNSで大きく話題になった作中のクソダサ社歌。学生である主人公らが起業し、会社のPR動画を作る(がクオリティーがひどい)というメタ的なネタになっている。

やることが……やることが多い!!!
SNS周りに閉じただけでもかなりの手間をかけていることがうかがえるので、バンナムの資本力とガンダムという人気IPに関わる人の多さを感じますね。
日々ファンの声や反応をリアルタイムで感じられる仕事、めちゃくちゃおもしろそうだなと思いつつ、タイミングにあわせるためにカツカツの進行や準備を行っていたはずで、制作陣と広告代理店と協力パートナーの間で、日々膨大なやり取りがあったはず。お疲れ様すぎる。



音楽で世界観とファンダムを広げる

水星の魔女の魅力の一つに、世界観を広げてくれる楽曲たちの存在があります。
YOASOBI、yama、シユイ、アイナ・ジ・エンドと新進気鋭の人気アーティスト陣による楽曲提供は物語にも大きく華を添えました。

中でも人気絶頂のYOASOBIは、アニメ「推しの子」に提供した「アイドル」で 米ビルボードのグローバル・チャートで首位を獲得、現在進行形で大きな注目を集める音楽ユニットです。
水星の魔女でも一期OP曲「祝福」を提供し、YOASOBIのYoutubeチャンネルでは水星の魔女アニメMVもアップロードされました。

youtu.be



また、最終回の放送直後にはライブ映像の「祝福」もYOASOBIチャンネルで公開され、最終回の盛り上がりを押し上げていました。

www.youtube.com

YOASOBIのYoutubeチャンネルは546万人。2023年7月の累計チャンネル登録者ランキングでは25位、日本のアーティストのYoutubeチャンネルとしてトップクラスの数値となっています。
数百万人にリーチできる大きなチャネルを持つアーティストが、水星の魔女の世界観を一緒に作るパートナーとして参加してくれたのはプロモーションの観点からも非常に有効だったと言えるでしょう。


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OP曲「祝福」はWEBで公開された水星の魔女オリジナル小説「水星のゆりかご」をもとに書き起こされています。小説を読んで楽曲を聴くことで、物語に深みを与え、今後の展開を想像させる名曲でした。YOASOBI公式チャンネルには主人公の声優が小説を朗読する動画も公開されています。


最終話ではアイナ・ジ・エンドの歌う「宝石の日々」が挿入歌として流れ、数時間後には楽曲配信もスタート。大団円を迎えたヒロインの心情を描写した名曲として話題になりました。


www.youtube.com




作品の持つストーリーと、ストーリーを基に紡がれた楽曲の相互作用で、物語の深度が増していき、繰り返し聴きたくなる、観たくなるというメディアミックスの楽しみが詰まっていたと感じます。



届けてどう楽しませるか、体験の設計までが【アニメ】になりつつある

ここまで述べたことをふまえると、現在のアニメ作品において、アニメーションを作るだけではなく、どう視聴者に届けるか、どう楽しませるかという設計も含めてアニメなのだ、というのを改めて感じます。
「作品」と「戦略」のかけあわせが「体験」となり、それ自体がアニメーションの一部になっている。
この事実は、水星の魔女の脚本家である大河内一楼さんのインタビューからも伺えます。

今回、特に感じるのは届け方の部分ですね。SNSでどう発信して、この作品を楽しんだらいいのかというガイドラインを示してくれるスタッフがいて、店頭にきちんと商品を届けてくれる人がいて、だからみんなジャストタイミングで映像と商品を楽しめる。その商品も、ひと昔前にはなかった多様なものが提案されてくる。脚本が入り口を増やそうとしたように、他の部署もいろいろな入り口や楽しみ方を積極的に実現している。これはすごいことなんですよ。少なくとも自分が初めて参加した「∀ガンダム」とは全然違っている。これはもちろん当時のスタッフがダメだったという話ではなくて、二十数年かけて、ファンが増えて、アニメーションという商業規模が広がったからこそ、スタッフも増員できたし、届ける道も増えた。チャレンジもできる。そういうことだと思うんです。「水星の魔女」という作品は、そういう意味でも、最新型の「ガンダム」だと思います。

引用元:雑誌「CUT」2023年5月号 水星の魔女 脚本家・大河内一楼インタビューより



物語の強度があってこそ、戦略も生きる

ここまで、マーケティング観点から、水星の魔女の魅力を語ってきました。
ただ、事前に練られたマーケティング戦略があったとて、物語の強度がなければ、大きな話題作とはならなかったはず。
魅力的なキャラクターや毎回先が読めない展開、おもしろいアニメがあったからこそのヒットなんですよね。ここに関しては、長い期間をかけて見ごたえのある作品を生み出してきた制作スタッフの努力の賜物だと感じています。
十分な戦略を以ておもしろいアニメが世に放たれた結果、多くの人を感動させることができた。
それが水星の魔女が人気作品になったシンプルな理由なのだと思います。


「機動戦士ガンダム 水星の魔女」、気になった方は週末一気見をぜひおすすめしたい作品です。他のガンダム作品と比べて、24話と少ない話数で構成されているのも、新規の人が入りやすくするためなんだろうなあ。

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